その時、バリバリっと大きな音を聞いた、と出勤途中だった娘は言います。交差点を渡っているところで、一瞬交通事故でも起こったかと思っていると、大きな揺れを感じて屋根の瓦が落ちてきたそうです。
集団登校中だった孫も、揺れの前に何かが裂ける大きな音を聞いたと言います。集団登校する小学生たちの「見守り隊」をされていた近所の方も、揺れの前に大地が裂ける大きな音を聞いて怖かったとおっしゃっていました。
避難所になった小学校の体育館にはたくさんの方が避難されており、近所に住む知人の話ではよくテレビ局が中継に来ていたそうです。小学校は1日休校になり、20日から再開されましたが、孫の30人ほどのクラスのうち3人が避難所から通っていたそうです。
いったん始まった小学校のプール授業もブロック塀の工事のため中止になり、(現在は再開されています)一週間は午前中の短縮授業で簡易給食となり、幼稚園はその週は休園となりました。
外へ出ることを控えさせられて時間を持て余している一方で、時々揺れる余震におびえる子どもたち。このまま夏休みになってしまうのか、何かできないものかと思い続けていました。
そんなおり、自然教室の企画に時々スポット的に参加してくれている高槻市のお母さんから、夏休みの企画や私がもう一つしている「生水の郷農楽校」にお子さんも参加させたいと連絡がありました。話を聞くとブロック塀が倒れて高槻市で亡くなられた学校に通っており、その子とは学年は違うけれど、同じ幼稚園に通っていた知り合いだったと言われます。学校は休校、プールも閉鎖で、子どもたちが余震におびえる生活であり、外で思いっきり遊ばせてやりたいとのことでした。
その話を聞いて、そうや、私がしていることでできることあるんやないか。ここ4年ほど頻繁に通って、「生水の郷自然教室」や「生水の郷農楽校」の企画をしている滋賀県高島市新旭町針江で「心のケアキャンプ」ができるのではないかと思いたちました。
地震によってライフラインがいかに大切かを身にしみました。今回は水道や電気は途切れることはありませんでしたが、ガスは安全に供給できるかの確認するのが時間がかかりました。
ライフラインで真っ先に課題になるのが水です。大阪の大半の水道は淀川から水を引いており、その上流の琵琶湖は命の源。
子どもたちに命の源である琵琶湖の豊かな自然に触れてもらい、新学期への英気を養って欲しいとの思いました。琵琶湖汽船に琵琶湖学習船「MEGUMI」があり、一日目は大津港から乗船して琵琶湖をクルージングして今津港へ。今津港から生水の郷・針江に移動して宿泊。夕食は琵琶湖固有種のビワマスとアユなどのバーベキュー。二日目は、比良山系の湧水がわく針江大川での川遊びをたっぷり満喫しようというものです。
地元・針江の「生水の郷委員会」に協力をお願いしました。早速動いていただき、私が自然教室の活動が終了する8月22日以降で、夏休みが終了する26日の前日までの期間で、琵琶湖汽船に空いている日を聞いてもらいました。
残念ながら琵琶湖学習船「MEGUMI」の日程が空いておらず、高速船リオグランデが24日なら空いているとのことだったので、8月24日・25日の1泊にすることにしました。
私は地元茨木では活動をしていないので、最近は「イバーランド」という茨木市の里山と市街地との交流構想を立ち上げた「安威川自然を守る会」の江菅さんに一緒にやりませんかと声を掛けました。
快諾を得ましたので江菅さんを代表になっていただき、「ナマズなんかに負けるかい!」をキャッチコピーに大阪北部地震・心のケアキャンプ茨木実行委員会スタートしました。
たまたま、大阪自然教室の画伯角中氏に「夏休みの生水の郷自然教室」のイラストを頼んでいて、お蔵入りしたイラストがあり、これを生かして現在チラシの作成と賛同の呼びかけや種々の手続きや打ち合わせなど細部の詰めに入りました。
「おもしろ自然楽校の夏休み2018」の参加者の募集と企画の準備でただでさえ忙しいのに、自分で自分の首を絞めているようなものですが、言い出した以上やるしかないですね。